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服に興味のなかった私がコムデギャルソンを着るに至るまで 3 [連載]

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服に興味のなかった私がコムデギャルソンを着るに至るまで 3


はなからコムデギャルソンを特別視していたわけではなく
少なからずファッションの世界に関わっている人のコムデギャルソンに対する見方を私なりに嗅ぎ取ったというか、
いわゆる知っている人たちのギャルソン呼称に出会ってからだ。
そのギャルソンという言葉を放ちめぐる会話には独特の空気が宿っていた。




例えば、赤ちゃんを話題にした会話をするときにしかめっ面をして会話する人はいないし、
赤ちゃんについての会話は誰もが和んだり、優しい気持ちになったりする。
コムデギャルソンの会話に含まれる一種独特な空気を私は確かに感じていた。
もちろんそれを着る人の空気感も混じり合った説得力であるには違いないが。
とにかく、なにかが違っていた。出会ったことのない何か。




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はっきり言ってコムデギャルソンの服は安くはない。というか高い。
そしてまたコムデギャルソンの服を愛好する人たちは、
コムデギャルソンの服をぽんぽんと買える人たちでは、おそらくないと思う。
少し背伸びして買う服なのだ。



もちろんわたしの見解だが、
服というものは楽しむ為のものであり、
自分という存在を表現するものでもあり、
同時に、自分ではなくなる為のものだ。
変身といってもいい。
これを着ることによって自信をもらえ、
今とは少し違った自分になれるもの。
それはいわば盾であったり鎧であったり、
はたまた剣であるかもしれない。




今の自分より一歩高みの自分になれるもの、引き上げてくれるもの。
コムデギャルソンの服とは、思想を纏う服でもあるのだ。
コムデギャルソンを愛好する人たちは、知ってか知らずかコムデギャルソンが放つ波長を感じ取り、同調しようとする。
媚びることを一切拒んだ凛と立つ服に憧れ、その強さを感じてみたいと思う。



それは言ってみれば弱者の為の服なのかもしれない。
自分の弱さを知るものの為の服。
そういう風に感じた。4へ続く
 



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